鳥カゴの中はいつも空っぽ

たとえば空が感動的に青くてもココロの穴はふさがらない

世の中にはいろんな仕事があるもんだ

もうだいぶ前になるけど、村上龍さんの著書「13歳のハローワーク」が話題になった。普通に学校に通っている13歳は、親の仕事プラス一般的に有名な仕事しか知らない、と思う。私の場合、お店の子になったおかげで、小学生の頃から様々な「仕事」について、ある意味表も裏も知ってしまうことになった。

 

居酒屋 料理

 

スーツを着る人

比較的早い時間にやってくるスーツ姿のおじさんたちは、たいてい公務員。2〜3人でやって来て、ビールと枝豆、揚げ物なんかを注文する。時間が経つと少し顔が赤くなり、声がだんだん大きくなるけど、楽しそうに酔っ払って、最後にお茶漬けを食べて帰る。害はないけど面白くもないおじさんたち。この人たちは店主である父のことを「大将」と呼んでいた。

 

もう少し遅い時間にやって来るスーツ姿の人、その一、商社マン。子供の目から見てもパリッとした高そうなスーツ。カッターシャツは白だけどネクタイはオシャレな感じがしたし、タイピンもつけていた。その人は一人暮らしだそうで、時々晩ご飯を食べに来る。
関東出身で大阪弁が喋れないのを、他のお客さんにいじられてた。大阪の人は“東京弁”が聞こえるとすぐ反応する。店主のことは「マスター」と呼んでいた。この人は後々、独立して起業するのだけれど、すごく明るくて話を聞くのもするのも上手かったように思う。

 

スーツ姿の人、その二は、中古車屋の社長さん。当時では珍しい“外車”なんかも扱っていて、いつも派手なダブルのスーツを着ていた。カッターシャツも白じゃない。ヤクザとは違って、小林旭石原裕次郎みたいなイメージ。当時は車好きな人が多くて、シボレーがどうだマスタングがこうだと盛り上がっていた。私もいろんな車に乗った気分になって、楽しかったなぁ。

 

 他にも、スーツを着る職業の人はいたけど、私の知っている中では少ない方。自分の親もスーツは着ないし、学校でもクラスの半分はスーツじゃない職業の家の子だった。

 

人は見た目

時々、ひどい顔でやってくるお兄ちゃんが二人いた。まぶたが腫れたり、あきらかに出血の痕があったり…一人は、プロボクサーさん。週に3日くらい晩ご飯を食べに来るのだけど、試合が近くなると減量のためにパタリと来なくなる。
そして忘れた頃にひどい顔でやってくる。勝ったか負けたかは誰も聞かない。ひどい顔の日は、あっさりしたものを食べる。減量明けに脂っこいものとか食べると胃が悪くなるらしい。トンカツ食べたいなぁとか言いながら、お味噌汁を飲んでた。

 

もう一人は、大柄な坊主頭のお兄ちゃん。下駄を履いていつも自転車でやって来る。「オレ、キンピラが好きなチンピラやねん」満面の笑みでギャグを言う、ヤクザの下っぱさん。時々ケンカで傷だらけになるらしい。朝はパチンコ屋さんが開店する前から並ぶ。案外規則正しい生活をしてる。
ある日、足を少し引きずってたことがあって、「またケンカしたんか?」と父が聞くと「桜田門組にやられてん」と笑いながら言った。「桜田門組にはかなわん。あいつら外から見えへんとこばっかりやってくるねん」その時は何の話かわからなかった。権力と暴力が公然の秘密でくっついてた時代の話。

 

指が…

よく晩ご飯を食べにくる近所のお兄ちゃんが、簡単な手品をして見せてくれた。触ってないのにストローが転がるとか、親指がとれた!とか、子供だった私を楽しませてくれた。それを見ていた常連のおじさんが、「おっちゃんもできるで、ほら」と、左手の人差し指を外して見せた。よくよく見ると、実際に第一関節から先がなかった。笑えない。でも、おじさんは笑いながら言った。「機械でな、飛ばしてしもてん。」いつも作業着でやってくる、ニコニコして、ゆったり喋る優しいおじさん。「痛かった?」と聞いたら、「一瞬で飛んだからなぁ、痛いんか熱いんか、何が起こったかわからんかったわ。まぁ、小指とちゃうからよかったな。勘違いされたら困るからなぁ。」

 

小指がないのはヤクザってこと。中学生の時、友達が好きな男の子の家を見に行きたいからついてきてほしいと言いだした。どんな家に住んでるのか知りたいって。当時、今のように個人情報の扱いが厳しくなかったのでクラス名簿に住所も掲載されていた。
学校帰りに家の前まで行って、表札を確認した。ごく普通の家だった。なんで家を見たかったのか私にはよく分からなかったけど、友達は納得したので帰ろうととしたら、玄関のドアが開いた。ちょっとくたびれたブレザーを着たおじさんが中の人としゃべりながら出てきた。好きな子のお父さん。授業参観とかでお母さんの顔を見るチャンスはあっても、お父さんを見ることはあまりない。友達も私もちょっと緊張した。「ほな、行ってくるわ。」と上げた手を見ると、小指がなかった。クラスで人気者の爽やかな男の子はヤクザの息子だった。

 

みんないろんなことをして生きている

お金を稼いで生活をする。それが社会人の基本である。お金を稼ぐ方法を仕事とよぶのだとしたら、本当に様々な仕事が存在する。実際にその仕事をしている人と話をすると、小説や映画やニュースに登場するだけではわからない事がたくさんある