鳥カゴの中はいつも空っぽ

たとえば空が感動的に青くてもココロの穴はふさがらない

人情溢れる無法地帯

土曜の夜、「8時だヨ!全員集合」を楽しみにしていた。棒で人の頭をポカリとやったり、セットをぶっ壊したり、お色気ギャグも、全てが笑いになっていた。今よりもずっと自由で、破茶滅茶で、勢いがある時代だった。そんな時代に、世の中の良いことも悪いことも、綺麗なことも汚いことも、ゴチャゴチャに詰め込まれた小さな居酒屋で、よく私、ちゃんと大人になれたなぁと思う。もしかしたら、ちゃんとなってないかも。

 

8時だヨ!全員集合

大人はみんな酔っぱらい

営業時間は夕方から深夜2時まで。時間帯によっていろんな種類の人がやってくる。公務員、自営業、音楽家、大工、ボクサー、やくざ、ホステス…そしてみんなビールや酒を飲む。居酒屋のカウンターは不思議な場所だと思う。自分の家でもないのに、飲んで食べると気が緩む。酔っぱらうと本性が出てしまう。子供の頃の記憶だから、曖昧な部分が多いけど、ドラマよりもドラマティックな日々をすごしたなぁと思う。

開店と同時にまずスーツ姿のサラリーマンがやってくる。小さい店だからすぐに満員になってしまう。誰かが帰ったらまた次の人、入れ替わり立ち替わり常に店内はいっぱい。表の戸を開けっぱなしにして、店の外に簡易テーブルと椅子を置いて、そこにもお客さんがあふれてた。金曜日はそれでも足りなくて、立ち飲みの人もいた。私はここしか知らないから、土地柄なのかわからないけど、いつも全く知らない人同士で話が盛り上がっていた。

 

怖いもの見たさで…

私の部屋はお店の真上。防音ボードが入っていたけど、あまり役に立ってなかったように思う。酔っぱらいは声が大きい。テレビで野球中継なんてやってると、もうたいへん。ほぼみんな阪神ファンなので、ちょっとしたプレーに一喜一憂、嬉しくてもガッカリでも声が出る。

慣れとは恐ろしいもので、そんな中でも眠れてしまう。ただ、イヤだったのはマジの喧嘩。たいてい夜中に勃発する。父は強面だったので、父ににらまれて収まることが多かったが、時々パトカーがやって来た。これは流石に目が覚めるレベル。
気になるからいつもコッソリのぞいて見てた。酔っぱらいの喧嘩はコワイ。いわゆる目が据わってる状態。悪酔いして喧嘩する人はみんな同じ目をする。この経験は大人になって外でお酒を飲んだ時に、ヤバイ人を早めに察知して危険を回避するのに役立った。

 

悪いことばかりじゃない

常連さんのステイタスなのか、お客さんって何度か通ううちに手土産を持って来るようになる。今思えば不思議だ。お金を払って飲み食いするのに、食べ物を持参する。持ち込みってわけでもなく、みんなで食べて、みたいな。

ある日、常連のおじさんが“レディーボーデン”というアイスクリームを買ってきてくれた。当時はパイントタイプのアイスクリームが珍しく、CMの映像がなんとも高級そうに見えた。洒落たガラスの器に薄く重ねて盛られた上品なアイスクリーム。
さて、どうすればあんな風に盛れるのか?そこにいた人、誰も知らなかった。カレー用のスプーンでトライしたけど、想像以上に硬い。少し待つとか、スプーンを温めるとか、誰も思いつかず、無理やりちぎるようにアイスを器に移した。小さな破片になったアイスはすぐ溶ける…と悪戦苦闘の末、まぁ食べようやってことで、見た目は考えず口に入れた。甘くて冷たくて滑らかで、やっぱり100円のカップアイスとはちゃうなぁと、思った。

 

クリスマスケーキは夜中にやってくる

クリスマスにデコレーションケーキを食べる習慣はいつ定着したのだろう?子供の頃、クリスマスの本来の意味も知らないまま、クリスマスツリーを飾って、サンタさんに手紙を書き、プレゼントをいただいていた。我が家ではクリスマスケーキは買わない。12月25日になると、誰かが持ってくるから。

今みたいに予約して買う人は少なかった時代、25日の夕方になるとケーキの値段が下がる。最寄駅の近くに不二家とコトブキがあったので、そこを通って来るお客さんは、目についたクリスマスケーキを買って来るのだ。時間が遅くなるほど価格は下がる。そしてうちの店にはケーキが増える。ホールケーキ1人1個ずつくらいケーキがやって来る。クリスマスの夜ケーキを食べて、朝起きたらまた新しいケーキがある。夜中に増えるのだ。贅沢な話だけど、そこから2〜3日は朝ご飯にケーキを食べてた。

ある年のクリスマス、アイスクリームケーキというものが売り出された。新しいもん好きのおじさんたちは、店頭にいつものクリスマスケーキとアイスクリームケーキが並んでいたら、当然アイスを選ぶ。丸い発泡スチロールに入ったアイスクリームケーキ。最初の1個はそこにいた人みんなドキドキワクワクで開封した。これが全部アイスクリームでできてるのか〜と感動した。しかし、12月である。そんなに大量にアイスクリームを食べられない。

結局集まったアイスクリームケーキは5個だった。さて、業務用の冷凍庫にもこんなに大量には入らない。普通のケーキなら、翌日でも食べられるけど、溶けてしまったらどうにもならない。クリスマスの夜、ご近所に配りました。もしかしたら迷惑だったかも。翌年から、みんな普通のケーキを買って来るようになった。